2019年7月、映画『いちごの唄』が公開される。
この映画は、脚本家・岡田惠和と、日本のパンクロックバンド「銀杏BOYS」の峯田和伸による同名小説をもとに制作された。
岡田惠和はNHKでの連続ドラマ「ひよっこ」などでも活躍する脚本家。峯田和伸はカリスマ的人気を誇るシンガーソングライターで、ドラマや映画、バラエティでも活躍している。
監督は、岡田が手がけた数々のドラマでチーフディレクターを務めた菅原伸太郎だ。今作が初の監督作品になる。
岡田は菅原に打診した理由を、「映画を撮り慣れている人ではなく、むしろ初監督作ならではのエネルギーがこの作品には必要だと思いました」と語っている。
今回の【エンタメで囓る日本の文化】は、この映画から七夕を囓ってみたい。
ロマンチックな日本の伝統行事「七夕」の日に再会したふたり
物語は、不器用だがまっすぐで優しい心を持つ青年コウタと、中学時代の同級生・天野千日が、大人になり、東京の高円寺でばったり再会するところから動きはじめる。
ふたりが再会した日は、7月7日、古来からの日本の行事「七夕」の日だ。
「七夕」は、琴座(ベガ)を織姫、鷲座(アルタイル)を彦星と呼び、天の川を隔てて愛しあうふたりが、1年に1度、7月7日に再会できるという伝説だ。
一説には平安時代に中国から伝わったとされ、江戸時代には庶民にも広まった。以来、日本では「再会した二人のように願いが叶いますように」と、願いごとを書いた短冊を笹竹にぶらさげるお祭りになり、現在でも続いている。
そんなロマンチックな日にコウタが再会するヒロイン、“天野千日(あまの・ちか)”。
中学時代の親友・伸二とともに、”天の川の女神”として密かに影から見つめていた女の子だった。
そしてこの日は、伸二の命日でもあった。
ふたりは毎年、七夕の日に再会しようと約束をする。しかし、その日を待ち焦がれ、無邪気に喜ぶコウタとは反対に、苦しくなっていく千日は、ある年「もう会うのは終わりにしよう」と告げる。
そんな千日の心には、孤児院で育った伸二との、過去の秘密が深く根ざしていた。
胸が痛くなる題材、でも優しい愛に満たされる
唯一の友だち・伸二と過ごした中学時代の記憶。今を生きるコウタと、淋しい笑顔の千日。
孤児院、死……このキーワードだけで想像ができるように、物語には胸を締めつけられるエピソードがある。
けれど、救いになるのは、コウタを囲む、あたたかい世界だ。
コウタはストレートに感情をあらわすが、不慣れな恋の想いを言語化したり、欲求を伝えることはできない。
伸二が唯一の友だちであったということからわかるように、それなりに辛い目にあってきたのだろうと思えるし、実際、挙動不審な言動にはヒヤヒヤさせられる。
それでも、彼の視点から見る世界は愛に溢れている。
コウタをひたすら優しく見守る両親と弟、天使のような伸二の優しさ。大人になったコウタが働く冷凍食品メーカーの同僚も、いつも休憩室でコウタと大笑いしている。ついでにパンチの効いた隣人、パンクロッカーなアケミさんともなんだかんだいい感じだ。
そんな彼らだって日々、悲喜こもごも生きている。ひとりひとりにフォーカスするとじつに重い話だし、普遍的な人間の生きづらさが織り込まれてはいるのだが、周りのあたたかさや、コウタの笑顔で救われるのだ。
”千日(あーちゃん)が笑うと僕は嬉しい”——。
そんな想いがストレートに伝わってくるコウタの満面の笑みと驚きで、見ているこちらも千日が笑うと幸せな気持ちになる。むしろ周囲から愛を与えられてきたコウタだからこそ、千日に心からの笑顔をあげることができるのかもしれない、なんて思ったりもするのだ。好きなものは好きだと、ちゃんと表現してくれる存在はありがたいものだから。
新人からベテランまで揃った俳優陣とゲストキャスト
コウタを演じるのは、日本のロックバンド「2」を率いる、古舘佑太郎。振り切った芝居でグイグイと物語を引っぱっていく。
千日の詳細はほとんど描写されず、説明はカットされている。それでもじゅうぶんに、彼女のバックボーンが見えてくる。数々の新人賞を獲得した、千日を演じる女優・石橋静河の名演だ。
泣きどころはいくらでもあるのだが、筆者個人的には、コウタの母を演じる女優・和久井映見が喋って表情を動かすたびに泣けた。直接的なセリフはないのに、コウタへの愛しさが伝わってきてしょうがない。
和久井映見は1988年にデビューしたベテランの女優だ。可愛らしいヒロイン役の印象が強かった彼女も、母親世代の年齢になった。和久井映見のお母さん役といえば、NHKの朝ドラ「ちりとてちん」ヒロインの母役も印象に強い。不器用で、ときにトンチンカンながらも、一生懸命に娘と家族を支える存在。いつだって味方でいてくれる安心感……今作でもその包容力ははんぱない。
そして、孤児院「いちごの園」の園長役を演じる宮本信子は、「マルサの女」など、数々の日本映画の名作に出演する大女優だ。
ひとりで孤児院と子どもたちを守ってきた彼女の一言一言が切実に響いてくる。コミカルなシーンが多いながらも、彼女の存在がドシンと作品世界に重みを与える。
——と、素晴らしい役者について上げればキリがないが、メイン以外では、物語に飲みこまれているところに、ふいに出現するゲストキャストには思わず吹き出してしまった。
海外からはなかなか目が届きにくいかもしれないが、実は日本のロックシーンには切っても切れないイラストレーターのみうらじゅんや、田口トモロヲなど、すこしだけ映るだけなのに存在感がすごい。
もちろん、「銀杏BOYZ」の峯田和伸本人もラーメン屋の店主として作中通して登場する。
人ではないが、冒頭でチラっと見える「THE MAD CAPSULE MARKETS」のTシャツなんかにも、ロック好きはニヤリ。
コウタの同僚、フィリピン人の”ガブリエル”
役者については、もうひとつだけ付け足したい。
冷凍食品メーカーで働くコウタの同僚にはフィリピン人の男の子がいる。これも現代の日本のリアルだ。
“ガブちゃん”こと、ガブリエル。
演じるのはフィリピン人モデルで俳優の、ポール・マグサリン。
“ガブちゃん”は、ストーリーに直接的に関係はしないものの、コウタの日常を作る大切なひとりだ。休憩時間は楽しそうにコウタとiPod classicをシェアし、パートのおばさまたちにも可愛がられている。
東日本大震災に遭遇したときは、コウタが賢明に彼をサポートしている。地震は外国人にとって日本で最も怖ろしいことのひとつだろう。コウタの優しさには、観ているこちらが勝手に「ありがとう」と言いたくなる。それがコウタという存在じゃないかと思う。”ガブちゃん”の出演シーンは、主人公コウタの人柄を伝えるアクセントになっている。
ポール・マグサリンは、映画「夜空はいつでも最高密度の青色だ」に引き続き、石橋静河と2度目の共演だ。
彼は英語とタガログ語にくわえて、日本語も使える。
日本語ができなくても、外国人が映画に出るチャンスはある。けれども、彼のように日本のメジャー映画で役名が与えられるには、日本語ができると有利なことが多い。通訳なしで長期の撮影ができると、制作スタッフも助かるからだ。
銀杏BOYZの曲とシンクロしながら、切ない気持ちで突っ走る
『いちごの唄』は、バンドの音楽世界が映像化されている。まさにコウタを通して、「銀杏BOYZ」の世界を疾走し、追体験するアトラクションという感じだ。
原作では、章の区切りに「銀杏BOYZ」の楽曲がタイトルに使われている。今作でも「ぽあだむ」をはじめ、いくつかの楽曲が使われた。主題歌は書き下ろしの新曲「いちごの唄」だ。
余談だが、筆者がずいぶん若いころ、バイト先にいた子が「銀杏BOYZが大っ好きなの」と、うっとりと切なげに目を細めていた。今作を観て、なるほど、そういう顔をさせるバンドなんだなと思った。
公開日は、「七夕」のすこし前の、7月5日。
英語字幕版の上映はないが、すこしでも日本語がわかる人には、ぜひ観てほしい。
「七夕」という日本のロマンチックなお祭りや、東京の街とアパート暮らし、田舎の風景、学校、優しい家族の風景も見ることができる。
もちろん、きっと各国共通の、甘酸っぱい幼い恋も!
映画「いちごの唄」
2019年7月5日公開
新宿ピカデリー他 全国ロードショー
http://ichigonouta.com/
出演:
古舘佑太郎/石橋静河/和久井映見/光石研/清原果耶/小林喜日/大西利空/しゅはまはるみ/渡辺道子/ポール・マグサリン/山﨑光/蒔田彩珠/泉澤祐希/恒松祐里/吉村界人/岸井ゆきの/峯田和伸/宮本信子
監督:菅原伸太郎
原作:岡田惠和・峯田和伸(朝日新聞出版)
脚本:岡田惠和
音楽:世武裕子・銀杏BOYZ
主題歌:銀杏BOYZ “いちごの唄”
製作:「いちごの唄」製作委員会
製作プロダクション:ファントム・フィルム
配給:ファントム・フィルム
(C)2019「いちごの唄」製作委員会
【配給・宣伝問い合わせ】:ファントム・フィルム
〒151-0053 渋谷区代々木1-11-2 代々木コミュニティビル3F
TEL:03-6276-4035 FAX:03-6276-4036
七夕についての参考:京都・地主神社「七夕の歴史・由来」より
http://www.jishujinja.or.jp/tanabata/yurai/
(文:Kaori/翻訳:Masaya)